若者から熱狂的支持を受けたカリスマシンガーの尾崎豊さん(享年26)が”謎の死”を遂げてから、はや20年。開催中の「尾崎豊特別展OZAKI20」(19日まで、東京・ラフォーレミュージアム原宿)は貴重な遺品、遺作が公開され話題となっている。
尾崎豊特別展OZAKI20
今なお愛され続ける天才の”素顔”とはいったい?尾崎さんを発掘した須藤晃プロデューサー(60)に話を聞いた。
「彼には神話や伝説があり、『夜の校舎窓ガラス壊してまわった』(卒業)、『盗んだバイクで走り出す』(15の夜)の歌詞のように、非常識な行動を取るように思われている。
でも、僕からすればそれは違う。言ってみれば本当に普通の人。もちろん音楽的な才能はあったが、僕と出会った16歳のころに持ってきたデモテープの中には、聴くに堪えないような作品もたくさんあった。普通の感性を持った、極めて普通の人だった」
青山学院高等部時代に喫煙、飲酒で騒ぎを起こし、停学になった事実はあるが、歌詞ほどの”ワル”ではなかった。のちの薬物逮捕、不倫騒動、謎の死と結びつき、死後の尾崎さんにはさまざまなイメージがついたが、須藤氏は言う。
「ある時、僕と彼がスーツ姿でタクシーに乗り、途中で彼を降ろした。すると、降りるなり腰を直角に曲げて深々と僕におじぎをする。運転手さんがドアを閉められないほどで『好青年だ』と感心していた。礼儀正しい後輩というか、きちんとした常識ある人だった。世間的にはタクシーをバッと降り、ドアをバーンと蹴飛ばしそうなイメージだけど、実際は違った」
今回の展示会では尾崎さんが試行錯誤しながら歌詞をつむぎ出したノート、会話など、生々しい製作過程が見て取れる。そんな律儀な人柄だったこそ、色んな悩みを抱え込み、人生の深みにはまったのかもしれない。
[東スポ]
http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/37160/
嫁さんがTVで言ってたけどクソチンピラの友達の行動を歌詞にしただけだと言ってた
当時のことを知ってるなんて、みんな何歳なの?
尾崎の生歌は鳥肌ものだったよ。初めて行ったライヴは中学3年の回帰線ツアーでした。当時は自分も多感な時期を過ごしていて、涙ボロボロ流して、生歌聴いたっけ…尾崎ストーンも缶バッチもポスターもパンフも未だに宝物です。
最近になってようやく尾崎の曲をちゃんと聴いたんだが十代であんな曲創れる才能は普通ではないよ。てか繊細なイメージだけどなぁ
尾崎豊の声は心に響くんだよなー。
グッと刺さります。
名曲『ダンスホール』大好きだ♪
この曲は 今で言うクラブで遊んでいた少女が拉致されて 殺された事件を題材にして作られたそうで 聞くと心にグッときます。
東スポにしては割りと普通な記事を書くじゃないか!!(笑)
息子はたしかに声も歌い方も似てるけどさ
親父のクローンとしての人生しか歩けないってなんか変
私は、街の風景が特に好きだなー。何が一番とか未だに言えないのだけど。尾崎豊さんは素晴らしいよ。
どこが良い人?普通の人はどれ1つしねーよ。不良が子犬を抱いてるだけで良い人に見えてしまう錯覚に過ぎない