2012年に起きた六本木クラブ襲撃事件で、現場に向かう関東連合のメンバーら
”半グレ集団”『関東連合』の元リーダー・柴田大輔氏が亡くなったことがわかった。複数の関係者が明かしたところによると、亡くなったのは11月28日だという。
「亡くなった当日、柴田さんの会社の関係者が、連絡が取れないことを心配して、柴田さんの自宅を訪れたことで発覚しました。
柴田さんは精神安定剤を服用していて、衝動的に自分で自分の身体を刃物で切りつけたのでは、と聞いています。葬儀は親族の意向で都内で行われる予定だそうです」(柴田氏の知人)
柴田氏は東京生まれで、10代の頃から暴走族グループに所属。『関東連合』の一員として、見立真一容疑者(国外逃亡中)らとともに、その名を轟かせた。
テレビ初出演時の柴田大輔
13年に「工藤明男」の名で『いびつな絆 関東連合の真実』(宝島社)を上梓。12年に起きた『六本木クラブ襲撃事件』の内幕や事件に至る関東連合の歴史などを描き、累計発行部数27万部を超えるベストセラーになった。
柴田氏は当時、本誌記者の取材にこう答えていた。
「(本を書いたことで)毎日のように『殺す』『ガラを取るぞ(拉致するぞ)』という脅しを受けています。ただ潜伏しているので、身の危険を感じたことはないですよ」
いまだ逃亡中の見立真一容疑者
柴田氏はその後、本名を明かし、執筆活動やメディアへの出演を行っていた。近年は事業家や投資家としても活動していたという。近況について知っている前出の知人が話す。
「本当に悲しくてやりきれません。悲痛な気持ちです。実はもうすぐクラブ襲撃事件によって収監されていたメンバーの一部が刑務所から出てくるのです。最近柴田さんはそのことでかなり悩んでいたようです」
来年で六本木クラブ襲撃事件から10年を迎える。柴田氏は何を考えていたのか。今となってはわからない――。
[via:FRIDAY]
https://friday.kodansha.co.jp/article/217573
自殺?の声も
工藤明男は精神安定剤を服用しており、衝動的に自分で自分を刃物で切りつけたのではと言われている。
何かしら不安を常に感じていて、精神科で精神安定剤を処方されていたのかも。服用量がかなり多かったのか、最後は自分の手で自ら手を下した可能性もある。
最近は六本木クラブフラワー襲撃事件で収監されていたメンバーの一部が出所することでかなり悩まれていたそう。
柴田だけが何の罰も受けず外でのうのうと暮らしているのが面白くない、元メンバーがいてもおかしくない。関東連合の仲間内でしかわからない、わだかまりや仲間割れがあったと推測される。
[via:https://jamaica7.com/archives/10216]
若き日の柴田大輔(工藤明男)と見立真一[石元太一のブログより]
柴田大輔 プロフィール
(しばただいすけ)
筆名:工藤明男
(くどうあきお)
生年月日:1979年5月24日
享年:42歳
出身地:東京都調布市
身長:150cm前後
職業:著作家
代表作:「いびつな絆 関東連合の真実」
肩書き:関東連合元幹部
Twitter:工藤明男(@kudouakio)
1979年に実業を経営していた日本人の父親と在日韓国人2世の母親の子として東京都調布市で生まれる。小学3年のときに杉並区へ引越す。
育った家庭は生活水準はそれなりにあったものの、両親の夫婦仲は悪く、小学高学年くらいから素行が悪くなる。
不良として過ごすうちに後に関東連合に連なる暴走族「宮前愚連隊」に入り、関東連合のメンバーである22代目永福ブラックエンペラー総長(以下:M)や松嶋クロスや石元太一、関東連合のメンバーではないが東京の不良として有名だった瓜田純士と知り合う。
1996年2月に敵対チームの自宅を襲撃した事件で暴力行為処罰法違反及び器物損壊罪で逮捕され、別件の敵対チームの集会に紛れ込んだ際に因縁をつけてきた暴力団関係者を暴行した事件でも送検された。
対抗グループへの襲撃だけでなく、チーム名を入れたステッカーの販売やイベントのパーティー券の販売といったものから、偽造テレホンカードの販売から携帯電話の横流しまで、組織だった集金活動をするようになった。
一時期、有名経営者のボディガードを務めた後で本格的に起業し、女性をAVにスカウトをする仕事を中心に金を稼いだ。
AVスカウトの仕事に嫌気がさして止めた後は、芸能プロダクションを経営することになる。
起業してから1年後に関東連合のメンバー2人と共に広告に絡むIT会社を立ち上げ、アダルト動画・消費者金融・出会い系サイトの広告を中心に見た事のない金額が振り込まれる。柴田が経営する会社は連結売上で40億円ほどとなり、従業員数が80人ほどの規模になっていた。
※補足
IT会社
クリエイジェント株式会社
クリエンター株式会社など
芸能プロ
P.B.B有限会社
2008年3月に関東連合総長のM(見立真一)の面倒見だった人物が反関東連合グループと思われる集団に殺害される西新宿事件が発生し、関東連合の中で暴力団化が急速に進んでいった。
2010年11月の11代目市川海老蔵暴行事件を機に関東連合に対する社会の目が厳しくなり、柴田は1億5000万円以上の個人所得があるのに不動産の審査が通らず、証券会社の口座が止められ、社会から疎外される焦りから事業意欲を失い、一時はハワイに滞在した。
ハワイから日本に帰ってきた直後の2012年9月に六本木クラブ襲撃事件が発生。この事件は反関東連合グループのトップである兄弟の弟を狙ったものだが人違いで死亡させた事件であった。
事件発生の当日の夜にMに「自分が実行犯であること、さらに最初の一撃を加えた張本人であること」と告白され、逃亡のための金の援助を提案された。
Mとは襲撃事件の対応で意見が相違、やがて反目していき「柴田を殺す」などの脅迫がエスカレートしていった。このことをきっかけに関東連合と決別、「工藤明男」名義で関東連合の内幕本『いびつな絆 関東連合の真実』を出版した。発売時期に『週刊文春』の関連記事で初のインタビューを受けている。
本を出版後、ほどなく警視庁の保護対象へ、さらに商業登記から住所が割れる事態を防ぐためにそれまでの事業役職の一切を辞したうえで株主配当のみを受ける生活に入った。
六本木クラブ襲撃事件に関しては、2013年末に開かれた被告2名の公判に証人として出廷するなどもしている。
以後は関東連合や闇社会にまつわる話でメディアに寄稿している。しばらく筆名で通していたが、2016年に「柴田大輔」と実名を公開するようになる。
実名を公開した理由として「実名を出さないのは卑怯だと言われるのが癪だから」「すでにネット上でも人間関係でも工藤明男イコール柴田大輔というのは周知の事実ですから」と述べている。
2016年12月にAbemaTVのAbemaPrimeでサングラス姿という形で初めて動画に声出し出演して、関東連合に関してコメントしている。
[via:https://ja.wikipedia.org/wiki/柴田大輔]
ネットの反応
・消されたのか
・最近までツイートしてたけど死んだんか
・ごもっともな亡くなり方ですね。
・自殺とは言わないのね都合の良い話だ
・どう見ても事件性があるけど自殺で処理されるわけか
・調子に乗って目立ちすぎたね
・リーダーだらけのナントカ連合
・わざと死亡説ながしたかも
・ムショから出てきた奴が報復するかもしれないから、死んだ事にして逃げたんだろ。
・なにが「悲痛な気持ち」なん?ヤツに追い込みをかけられた数多くの人たちの叫びを聞き地獄で罪を償い続けろ。
・社会のクズが死んだだけだろ。いちいちニュースにするな。
・なんでいち半グレのリーダーの死がニュースになるんだ
・自殺らしいが絶対消されたよ。世田谷区一家殺害事件の真犯人や西新宿事件の真犯人を知っているかのようなツイートしていたもんな…
・ミニラ死すw
・リアル東京リベンジャーズ
・死んだことにしたんだろ
・敵よりも味方が一番恐いとか関東軍かよw
・見立君はどこ行ったん?
>フィリピンに潜伏した噂があったけどその後死亡したって噂が流れた
・あれだけ仲良くやっていたのに、いざ大きな事件が起き当事者になったら、互いに罪のなすりつけ合いだもんな…。石元太一談
・関東連合とマスコミがグルになって石元を芸能界デビューさせて人気者に仕立てあげようとしたの一生忘れねえからな、マスゴミさんよ
・どんな業界でも暴露本を出した奴の末路は悲惨なイメージ
・悪党には悪党の報いがあって然るべき
・いびつな絆めっちゃ面白かったわ
>あんな本書いてたら恨まれる
・読んでみたかったけど買うほどでもないしな
・文才あって好きだったのに
・いびつ破戒聖域3冊買って読んだ 悪だけど頭良さそうな人だから鬱にでもなってしまったのかな
・こういう最後迎えるなら普通に穏やかに生きんのが一番いーわ
・Kが吉本興業に所属する芸人たちによるレイプまがいの事件を理由に、その芸人たちから500万円を恐喝したのもこの頃だった。(略)
吉本興業所属の加害者芸人と別のコンビ芸人2人がその場に同席していて、Kにビデオカメラを回されながら、レイプの内容を一部始終告白させられた。(略)
後にコンビ芸人のうちの1人は、社会人野球の遠征先のホテルで、17歳で無職の少女に飲酒させたうえ、性的な暴行を加えた強姦の疑いで書類送検されている。
この事件により、その芸人は吉本興業との契約を解除されて芸能活動の中止に追い込まれた。
他の芸人2人はいまも芸能界で活動していて、お茶の間向けの番組などでも活躍している。
契約を解除された芸人について、2人はことあるごとに復帰を願う発言をしてきた。
同様の事件を起こしたことへの後ろめたさから来る発言なのか。私にはその心境は測りかねる。
(工藤明男 『破戒』 237-238ページ)